2012年03月05日

固いキズナ【小5NMさん】

クラスをまとめるのに必要なもの【小五 NМさん】

 クラスをまとめるには、固いキズナが必要だ。
 たしかに、誰とも関わらずに、一人でもやっていける。他の人がワガママだったりすると、付き合うのが嫌になったりする。しかし、そんな孤独にずっと耐えられる人はいない。何かのつながりがあれば、みんな信頼しあって、だますようなことはなくなる。一人ひとりのつらいことをみんなで乗り越えてきた強いキズナがあれば、その関係はちょっとやそっとでは途切れないので、みんなで団結することも可能だ。そうなれば、一人ではできない大きなこともできるだろう。だから、クラスをまとめるには、みんなとの固いキズナをつくることが必要であると、私は考える。

【講評】
ロジカル・ライティング〜論理的で説得力のある文章の書き方〜を学んでいる小五の女の子の作品です。今回、自分の主張に反論も予想して「確かに〜」「しかし〜」とつなげていく書き方を学びました。いきなり意見を書きなさいと言われても、通常は文章になってきません。普段からいろいろなことに関心・興味を持ちつつ、その理由なども考えながら生活していてこそ、こうした文章は生まれてくると思います。もともと国語がとても苦手な女の子でしたが、現在、中学生向けの文章の読みこなしも難なくできるようになりました。
posted by まつさくら at 16:36| Comment(0) | ロジカル・ライティング

2012年01月30日

「ペチューニアごようじん」小2МSさん

夏休みに読書感想文コースを設けてみなさん書いていましたが、これで「読書感想文」にハマった生徒さんもいます。冬の講習では基本的にはこのような特別な作文を行わないのですが、ご希望に応じて一つ書いてみました。

【原文】「ペチューニアごようじん」小2 МSさん

 わたしはがちょうのペチューニアの本のシリーズが大好きです。ペチューニアはいつもへんなことをしています。でも、旅をして最後にはいろいろなことに気がつきます。
 「ペチューニアごようじん」で、ペチューニアはくらべることの大切さがわかりました。初めは自分の家の草は食べずにほかのところのものばかり食べていました。そして、おいしい草をさがしに旅に出ました。しかし、どれもおいしくありませんでした。最後には自分の家の草のおいしさを知りました。
 わたしはベッドに数えきれないほどのぬいぐるみをおいています。それぐらい動物が好きです。ペチューニアの話はいろいろな動物がたくさん出てきます。その中でも、この本は動物の絵がおもしろいです。四ひきの動物がもつれて丸まった絵がお気に入りです。
ペチューニアがおいしくない草ばかり食べていたのはかわいそうでした。せっかくたびをしているのに、おいしい草をさがすことができないのは気のどくです。
また、よかったところはペチューニアがいたちたちからにげきれたところです。犬のノイジーがものすごい声でほえながら、とび出して来ます。ノイジーとペチューニアは友だちだからです。わたしがノイジーでも、大声でほえてペチューニアを助けてあげます。
 最後にペチューニアが自分の草が一番おいしいと思ったのはなぜでしょうか。わたしはうちの料理が一番おいしいです。レストランに行って自分の好きなものを食べても、家のほうがおいしいと思うでしょう。だから、ペチューニアもさいしょから自分の家の草を食べたらよかったのです。でももし食べていても、ほかの草の方がおいしいにちがいないと考えたかもしれません。ペチューニアはこれからもどんどんほかの草を食べた方がいいです。なぜなら、食べないままでは本当のおいしさがわからないからです。たくさんの草を食べて、自分の家の草のおいしさに気づけたことはうれしいです。
 わたしもペチューニアみたいにいろいろな場所でりょうりを食べて、どれが一番いいのか決めたいです。くらべることはりょうりのほかにもきっとやくに立つと思います。えらべない時やどれにしようかまよった時はくらべたいと思います。

【講評】
「いろいろなことに気づいた」ということを説明したので、まとまりが薄くはなってしまいましたが、原稿用紙三枚に及ぶ大作になりました。小2でこれほどの内容を宿題でもないのに書こうというのには感心します。
 好きな本ではありましたが、最初はなかなか自分の思いが出てこず、特にアウトプットシートやクリエイトシートで苦しんでいたようです。こういうことは、個人差がありますが練習することで出やすくなってくるようですね。夏休みに限らず、どんどん書いてほしいと思います。
posted by まつさくら at 16:43| Comment(0) | 読書感想文

2011年12月26日

「南の島のティオ」より 主題考察 中1YNさん

教室では、深く深く小説を読み解く練習もします。
確かに、テストでは制限時間内に的確な答え(出題者の理解する内容)を答えなくてはいけません。選択肢があれば、消去法などでその出題者の意図に誘導されてしまいます。自分で自分の感じ方を見つけたい小説というジャンルでは、テスト問題がよく解けるという人が国語がよくできる人と一致しないことがあります。

そうした小説の細部や暗示内容を自分なりに理解していく練習を、いろいろな作品を通じて行います。さまざまな表現やストーリー展開から、作者の言いたいこと、自分の感じ取ったことを見つめ、文章化します。
今回紹介するのは池澤夏樹作「南の島のティオ」という小品集です。
「ティオ」という南の島の少年の視点で、さまざまなふしぎな、それでいて日常的な出来事が書かれたものです。私たちが忘れかけている異界とのつながりなど、いろいろなものを心に呼び起こす名作です。

影響を受けるとよくないので、まだ取り組んでいない生徒さんには読んでもらいたくないのですが、どんなことをしているのか、考えているのか、あらすじを含めて一つご紹介します。

中1 YNさんの作文(あらすじもYNさんの書いたものです)
「エミリオの出発」

(あらすじ)
 エミリオは、島に台風が来た時に両親を亡くし、ティオの島にやって来た。彼は他の避難者と違って、島になじめず、自然の力だけで生きていこうとしていた。ティオは彼と親しくなり、いろいろなことを教えあった。エミリオが来てから3年経ったころ、二人はカヌーを作った。その半年後、エミリオはまだ人の戻らない自分の島へ一人でも帰るといい出し、別れの前にティオに「世界の音」を聞かせた。ティオは快くエミリオを送り出した。

「エミリオはなぜ立ち去ったのか」
 自然と自分の力を最大限に使って生きることのできるエミリオにとって、文明に染まった世界は、便利ではあったが同時に不要なものでもあった。それは、エミリオがティオから文明の利器を教えてもらった時にも、感心する一方でなくてもいいものだと言っていたことや、エミリオと同じ島の人たちがそんな生活にのまれていく中でもあえて彼だけ自然の中で暮らしていたことから分かる。そして、エミリオだけが島へ帰るといい、実際にカヌーを自作して帰って行ってしまった。
 では、エミリオが帰る前にティオに聞かせた「世界の音」にはどんな意味があったのだろうか。ティオは音を聞いている時、神の3番目の息子はエミリオなのだと感じ取った。もし、エミリオが本当に神の3番目の息子だとしたら、島へ帰るのと同時に天の国へ帰ったとも言える。その天の国とは、人間と自然が共に支えあって共生していく調和のとれた世界のことだろう。文明にのまれた今の人々は、自分たちを世界の中心にし、どんどん文明を広げようとしている。それと同時に、さまざまな問題点も引き起こしている。今、私たちが必要なものは、文明を進めることよりも、自然と共に生きることでないのだろうか。便利に楽に暮らそうと文明を進化させることしか頭に中にない私たちのもとから、エミリオが立ち去ったのは、彼のその性質上当然のことといえば当然のことである。このエミリオにとって住みにくい世界を変えなければ、私たちの世界は神様の住めない世界となってしまう。そんな世界は、私たち人間をいつか滅ぼすかもしれない。そんな警告も読み取れるように思う。

【講評】
上記「エミリオの出発」は「南の島のティオ」の最終章に当たります。YNさんは、その美しい表現にまず心をとめ、それはどういう意味があるのか、作者の意図をさぐりながらも、自分の考えとしてまとめあげました。感じる力と論理的な推理力のあわさった、すばらしい成長を感じる内容でした。
posted by まつさくら at 21:59| Comment(0) | 小説作文