2011年12月26日

「南の島のティオ」より 主題考察 中1YNさん

教室では、深く深く小説を読み解く練習もします。
確かに、テストでは制限時間内に的確な答え(出題者の理解する内容)を答えなくてはいけません。選択肢があれば、消去法などでその出題者の意図に誘導されてしまいます。自分で自分の感じ方を見つけたい小説というジャンルでは、テスト問題がよく解けるという人が国語がよくできる人と一致しないことがあります。

そうした小説の細部や暗示内容を自分なりに理解していく練習を、いろいろな作品を通じて行います。さまざまな表現やストーリー展開から、作者の言いたいこと、自分の感じ取ったことを見つめ、文章化します。
今回紹介するのは池澤夏樹作「南の島のティオ」という小品集です。
「ティオ」という南の島の少年の視点で、さまざまなふしぎな、それでいて日常的な出来事が書かれたものです。私たちが忘れかけている異界とのつながりなど、いろいろなものを心に呼び起こす名作です。

影響を受けるとよくないので、まだ取り組んでいない生徒さんには読んでもらいたくないのですが、どんなことをしているのか、考えているのか、あらすじを含めて一つご紹介します。

中1 YNさんの作文(あらすじもYNさんの書いたものです)
「エミリオの出発」

(あらすじ)
 エミリオは、島に台風が来た時に両親を亡くし、ティオの島にやって来た。彼は他の避難者と違って、島になじめず、自然の力だけで生きていこうとしていた。ティオは彼と親しくなり、いろいろなことを教えあった。エミリオが来てから3年経ったころ、二人はカヌーを作った。その半年後、エミリオはまだ人の戻らない自分の島へ一人でも帰るといい出し、別れの前にティオに「世界の音」を聞かせた。ティオは快くエミリオを送り出した。

「エミリオはなぜ立ち去ったのか」
 自然と自分の力を最大限に使って生きることのできるエミリオにとって、文明に染まった世界は、便利ではあったが同時に不要なものでもあった。それは、エミリオがティオから文明の利器を教えてもらった時にも、感心する一方でなくてもいいものだと言っていたことや、エミリオと同じ島の人たちがそんな生活にのまれていく中でもあえて彼だけ自然の中で暮らしていたことから分かる。そして、エミリオだけが島へ帰るといい、実際にカヌーを自作して帰って行ってしまった。
 では、エミリオが帰る前にティオに聞かせた「世界の音」にはどんな意味があったのだろうか。ティオは音を聞いている時、神の3番目の息子はエミリオなのだと感じ取った。もし、エミリオが本当に神の3番目の息子だとしたら、島へ帰るのと同時に天の国へ帰ったとも言える。その天の国とは、人間と自然が共に支えあって共生していく調和のとれた世界のことだろう。文明にのまれた今の人々は、自分たちを世界の中心にし、どんどん文明を広げようとしている。それと同時に、さまざまな問題点も引き起こしている。今、私たちが必要なものは、文明を進めることよりも、自然と共に生きることでないのだろうか。便利に楽に暮らそうと文明を進化させることしか頭に中にない私たちのもとから、エミリオが立ち去ったのは、彼のその性質上当然のことといえば当然のことである。このエミリオにとって住みにくい世界を変えなければ、私たちの世界は神様の住めない世界となってしまう。そんな世界は、私たち人間をいつか滅ぼすかもしれない。そんな警告も読み取れるように思う。

【講評】
上記「エミリオの出発」は「南の島のティオ」の最終章に当たります。YNさんは、その美しい表現にまず心をとめ、それはどういう意味があるのか、作者の意図をさぐりながらも、自分の考えとしてまとめあげました。感じる力と論理的な推理力のあわさった、すばらしい成長を感じる内容でした。
posted by まつさくら at 21:59| Comment(0) | 小説作文

「へんなしごとの意味」 中1NМ君

最近中学生がよく取り組んでいる哲学作文です。
今回紹介する中1のNМ君は、もともとはあまり国語が得意ではありませんでした。私立中学合格後も、進学校で勉強が忙しいにも関わらず、通い続けてくれています。いわく「楽しいから」だそうです。

「子どものための哲学対話」へんなしごとの意味 原文一部抜粋
ぼく:将棋をさす仕事とか、ひとが書いた小説や演奏した音楽を批評するしごとなんて、存在する意味があるのかな? そんなしごと、なくてもいいんじゃないかって思うんだけど。
ペネトレ:それはちがうよ(中略)外の世界にいる人から見ると、なんだかこっけいに思えるかもしれないけど、内側からみれば、そういう人はぜひとも必要とされているんだよ。

作文
なくてもいいように見える仕事も意味はある。人間というのは楽しむために生きている。すると、高度な水準に達したために役立つようなものも必要になってくる。たとえば、ソムリエはワインを飲まない人からみるとただのキザ野郎としか思われないが、ワインをたしなむ人には、自分の好みを探してくれたりするので必要な仕事だ。つまり、仕事というのは、必要とおもってくれる人がいるかぎり存在するが、そういう人がいなくなるとなくなってしまうのだ。

【講評】
文の構成などにまだまだ改善の余地はありますが、原文を読んだだけで講師の手を借りず、自力で考えた具体例は的確でした。仕事が存在するのは、必要とするものがある証拠であるという解釈・結論もよく考え付いたと思います。

posted by まつさくら at 21:11| Comment(0) | 哲学作文

2011年12月24日

サンタクロースへの手紙2 小2NUさん

同じく、二年生の女の子NUさんの作品です。

サンタさんへ
 さむくなりましたが、サンタさんはお元気ですか?わたしは元気です。
 去年はネイルをくれてありがとうございます。時間があるときにはネイ
ルをしています。いろんなもようがあり、いっぱいつくれてたのしいです。
 今年、わたしは、Ipodがほしいです。なぜなら、おにいちゃんがつかわ
せてくれないからです。わたしせんようのIpodであそびたいのです。
 夜はくらいから、きをつけて来てください。では、さようなら。
                             Nより


彼女は何を頼むか、そしてどのように手紙を書いたらサンタクロースが自分にプレゼントをくれるか、そういう視点で悩みながら書き上げました。そういう意味で、他者の視点を持てるようになりつつある年齢なのだと思えます。
それにしても、望むものもハイテクな時代ですね。私が子供たちについていけなくなるのも、時間の問題かも…。

posted by まつさくら at 18:38| Comment(0) | 季節の作文